So-net無料ブログ作成
日々報告2008 ブログトップ
前の10件 | -

2008年の終わりに [日々報告2008]

200812011695.jpg

 年始年末。会社が全て休んでしまい、仕事ができずイライラしていた。

 が、ふと気づくと、もの凄く疲れていることに気づく。

 ここしばらく、信じられないようなミス。続いていたのもそのせいか?

 約束の日を間違えたり・・。生涯初(!)

 アパートの鍵を鍵穴に、さしたまま出かけたり。(6時間ほど)

 泥棒に「入ってくれ!」と言ってるようなもの。

 どうも、精神的にもかなり疲れていたようだ。

 「この正月は休め!」という神様からのメッセージかもしれない。

 何だか、後悔の多い1年だった。

 昨年もそうだが、心なき人たちと接することが多かった・・。

 自分の言葉の責任を取る事もできない。

 「お願いします!」と頭を下げて頼み事をしながら、勝手に投げ出してしまう人。

 能書きを垂れるばかりで、やるべきことをしない人。

 本人は良かれと思ってやっているのだが・・やること成す事、全て仕事を後退させている人。

 「仁義なき戦い」の菅原文太の台詞を思い出す。

 「上のもんがアホやと、下のもんが苦労するんじゃあ〜」
 
 シナリオ取材としてなら、今年も大豊作(?)。

 映画界には多い妖怪変化のたぐいだが、それ以外の業界でも、その種の人に何度も対峙した。

 しかし、本当に「彼こそサムライだ!」という人たちもいる。

 今年も何度も助けられた。チカラを借りた。

 昨年、演出した書道ドキュメンタリー番組も、大評判。

 もの凄い反響があった。

 やはり、スタッフの1人1人が真剣にかかったものは、人の心に伝わる。

 そこで共に勝ち取ったもの。何とか来年に繋げたい!

200803131298.jpg


 それにつけても思うこと。急激な価値観の変化。

 企業も、個人も、お役所も、どんどんと置き去りにされている。

 古い価値観にしがみついている人々。自分の首を締めるだけ。なのに気づかない・・。

 多くの企業が減収。リストラ。

 しかし、見ていると、不況だから問題が出たのではない。

 問題のある企業が不況により、明確になっただけ。

 時代のニーズを見誤っていたあの会社。大量リストラを発表。

 対するライバル社。そんな話は聞かない。

 近所の商店街。この数年で何軒も潰れた。でも、潰れた店には行ったことがない。

 或いは、1度っきりで2度と行くまいと思った店。

 やはり問題のある店から潰れて行く。

 関係者は「不況でダメになった」というが、実は日頃からの努力が足りなかっただけではないか?
 
 「映画の世界。同じだ・・・」と感じる。

 これからの時代。何を信じ、何を掲げ、何を主張して行くべきなのか?

 個々が問われる時代のように思える。

 来年はどんな年になるのか? 不安と期待が交差する。

 そして来年こそ、次回作「書道♡ガールズ」。本格的にスタートさせる!

(来年につづく)
 

P1010389.jpg


nice!(0) 

年始年末、そんなの関係ない? [日々報告2008]

200812151720.jpg

 やるべきことはあるのに、世間は年末!

 仕事納めで、会社も閉まる。こちらの仕事もストップ。

 映画というヤクザな仕事をしていると、盆暮れ正月も、クリスマスも関係なく進む。

 土日も、休日も関係ない。

 たまに映画を見に行くと、人でいっぱい? ああ、今日は祭日か・・。ということもある。

 先日もビックカメラに行ったら、カウンター前に客が長い列。

 何事だと思ったら、クリスマス・イブだった・・。

 皆、DVDとか、ゲームソフトとかのプレゼントを買っていたのである。

 とにかく、この年始年末。1週間ほど。動きが取れない。

 イライラしながら、過ごす・・。

 9938366.jpg


nice!(0) 

2008年後半の出来事・・ [日々報告2008]

200812161734.jpg

 小室哲哉が逮捕。

 ボクシングの内藤、4度目の防衛に成功。

 飯島愛が死去。

 イチローがWBCへの思い、ニュースで語る。

 矢沢永吉は今年、コンサートをしなかった。

 でも、SONYのブルーレイのCMに、出まくっていた・・。

 ザ・フー、ビリージェエル、ジャクソン・ブラウンのコンサートが続けてあった。

 が、どれも行けなかった・・。

 原宿のローリングストーンズ・グッズの店が閉店。

 セールがあり、何か買おうと行った。が、何も買えなかった・・。

 唐組が「ジャガーの目」を再演。これも仕事で行けず仕舞い。

 ここ4年ほど唐組、皆勤賞だったのに・・。

 ゴミの出し方が変わり、いつ燃えないゴミを出していいか分からず。

 長らく部屋は、ゴミや屋敷に近づいていた。

 「ヒーローズ」と「プリズンブレイク」必死で見た。

 大河ドラマの「篤姫」は1回も見なかった・・。
 
 映画は「ダークナイト」と「ポニョ」

 僕自身はいくつかテレビの仕事をした。

 書道のドキュメンタリーを担当できたことは、大きなプラスだった。

 「書道♡ガールズ」はシナリオのリライトを1年続ける。

 が、製作準備は一進一退だった。

 そんな2008年も、あと数日・・・。


(つづく)

 




nice!(0) 

カップ麺の日々 [日々報告2008]


200812241738.jpg

 このところ、部屋で書類作りをしていることが多い。

 1日中外に出ない日もある。

 外食するのも、時間がもったいない。(近所の定食屋あるけど)

 部屋で作るのも、時間がかかる。

 それで結局、カップ麺を食べてしまう。

 かなり長い期間。それらを食べるのを辞めていた時期がある。

 が、便利に出来ているのと、冬で寒いのもある。

 健康に気遣い、せめてネギだけは刻んで入れる。

(つづく)



nice!(0) 

懐かしのスンドゥブー [日々報告2008]

スンドブー.jpg

 牛丼のチェーン店で「スン豆腐チゲ」という新メニューが登場。

 韓国語で言う「スンドゥブー」である。

 アメリカ留学時代。よくコリアン・タウンで食べた。

 日本で、それもメジャーなチェーン店で、食べれるようになるなんて凄い。

 値段は500円。

 味は日本風にしてあり、多少違ってはいる。が、基本はスンデゥブーだ。

 また、食べに行く。

 ここ5日ばかり、部屋に籠って書類作成。

 チカラ入れ過ぎて、書類ではなく本になりそう・・。


(つづく)

 

 
nice!(0) 

自宅でできるエコノミー症候群? [日々報告2008]

200812041701.jpg

 ここしばらく、パソコンに向かって作業する日々が続いていた。

 起きてから寝るまで。途中、トイレ休憩を入れても、12時間以上。

 食事もパソコンの前で。

 さまざまな書類。シナリオ。資料。メール。先輩へのお礼状。ブログの更新。

 毎日、薄い文庫本くらいの量の文章を書いていそうだ。

 あと映像資料の編集。これも時間がかかる。

 自宅でも十分に、エコノミー症候群になる。おまけに腰痛、肩こり・・。

 やばい! と思って外出。1時間くらい歩く。先日はそのまま外で仕事をした。

 手書きで書く手紙。新鮮だった・・。

(つづく)



 
nice!(0) 

後輩監督を悼んで(6ー終)残された者の義務 [日々報告2008]

渋谷の夜.jpg

 渋谷の飲み屋。林田君もよく来たという店。「ブリュレ」のポスターも貼ってある。ぬるくなったビール飲んでいると、先輩が話しかけてきた。

 「太田ぁ。お前は死ぬなよ!お前は必ず次回作を作れよ。最近、映画が好きな奴からいなくなる・・。お前は必ず映画撮れよ! 林田の分も映画撮れよ!」

 「ストロベリ-フィールズ」のマキと同じことを言われた。先にも書いたが、あの映画。本気で遺作になってもいいと思ってかかっていた。全てを賭けて作った。

 「デビュー作が遺作!」それがキャッチフレーズだと思っていた。けど、僕は死なずに、次世代の林田が先に逝く。本当にデビュー作が遺作になってしまった・・。 

 最近、特に感じること。先日のドキュメンタリー番組をやっていても思っていたこと。生き残った僕の、次のテーマは・・・。

 「死なずに、作品を作り続けること・・・」

 死んで行った友人たちの分も、作品を作ること。改めてそれを感じる。

渋谷の夜明け.jpg

 後日。林田とよく行った近所の中華料理屋へ。彼の住むアパートと隣にあるビルの地下。

 「また、餃子。食べに行きませんか?」

 それが合い言葉になっていた。年賀状にまで「また、餃子を・・」と書いていたので笑った。

 互いに何かあると「そろそろ、餃子でも・・」とかメールを出した。その店でビールを飲み、餃子を食べて映画の話をした。最後に彼と電話で話したのもここ・・。

 「今、餃子食べてんだけど、降りて来ない?」
 
 彼の部屋。中華料理店の隣のビルの5階だ。2分で来れる。でも、こう言われた。
 
 「今、銀座にいてすぐに戻れないんです!」

 「残念。じゃあ、また連絡するよ!」
 
 それが最後の会話となった。その店で、林田を偲んだ。いつものように生ビールを2杯頼む。1杯は僕。もう1杯は彼の分。

 そして餃子もオーダー。最後の乾杯。これからは同じテーマを描く作家として、林田の分も映画を作って行く・・。

Unknown.jpeg

 そんな彼の遺作「ブリュレ」。東京公開が盛況の内に終了。次は名古屋で公開。僕の「ストロベリーフィールズ」もかけてくれたシネマスコーレさんで上映されると聞く。

 とても素敵な映画館で、舞台挨拶でもお世話になった。多くの有名監督のサイン色紙に混じって、僕のも飾ってくれている。

IMG_4044.jpg

 名古屋の方はぜひぜひ、ご覧頂きたい。華やかな商業映画ではないが、ポエトリィで繊細。「生きるということ」を描いた素敵な作品である。

(了)

ポストカード.jpg




nice!(1) 

後輩監督を悼んで(5)遺作 [日々報告2008]

P1000629.jpg

 映画葬のあと、彼の友人や先輩たちと、朝まで渋谷の街を飲み歩いた。林田君の映画学校時代の同級生や後輩と、朝まで彼と彼の映画について話し続けた。

 結局、2年もいろいろと応援し、アドバイスし、公開を楽しみにしていた「ブリュレ」。その感想を彼に伝えることはできなかった。
 こんなことなら、もっと、もっと、僕の経験を話し、宣伝にプラスになることしたかった・・。

 友人や同級生と話していて、訃報を聞いて林田君の部屋を訪ねた日のこと。思い出す。近所に住んでいたので、彼のアパートまでは15分。5階の部屋に上がる途中、片付けが始まっている荷物が置かれていた。

階段のB.jpg

 映画の小道具である松葉杖や警察車両用のサイレン。そして膨大な本とビデオテープ。部屋に入ると、友人たちが集まり片付けが始まっていた。

 積み上げられたビデオ。その一番上。「ストロベリ-フィールズ」のDVD。以前にプレゼントしたものだ。捨てずにちゃんと、持っていてくれたのか・・。

 彼とは共通点が多い。シナリオライターとしてスタート、メイキング監督、大阪出身(僕は和歌山だが、長らく彼の故郷の隣町に住んでいたことがある)自主映画活動、女子高生が主人公で死を描いた物語。映画学校で習った先生も同じ。

 そして僕が、自身で製作費を集め「ストロベリーフィールズ」を完成させたように、林田も自分で製作費を作り「ブリュレ」を作り上げた。僕が歩んで来た道を振り返ると、そこに彼がいるという感じ。

200809221608.jpg

 しかし、自分で映画を作るというのは本当に過酷。様々な壁があり、危機があり、問題が頻発する。大きな経済的な負担をがあり、食うや食わずになったり。なのに邪魔をしたり、足を引っ張る輩が出て来る、金目当てに近づく奴もいる。

 数々の圧力や壁に押しつぶされて、諦めそうになる。それでなくても、プロデュサー業、脚本、監督、編集と、1人で何人分もこなすのは重労働。
 僕も、心と体もボロボロになった。何度も過労でダウンして寝たきりになった。病院へ行くと、医者に言われる。

 「君ねえ。過労を甘く見たらダメだよ。本当に死ぬからね? 休まないとダメだよ。仕事ばかりしていると、本当に死ぬよ。少なくても1ヶ月は仕事せずに安静にして休養を取るように!」

 医者の指示を守らなくても、動けなくなり、寝たきりになる。3ヶ月近く起きらなかったときもある。そんなことを何度も繰り返して、撮影まで辿り着く。東京公開が始まる前にも倒れた。

 もし、あのとき死んでいたら・・・。そのあとの光景が、彼のアパートで現実のものとなっていた。もし、僕が過労死していたら、同じように友人たちがアパートに来て、部屋を整理してくれたのだろうか・・・。

 林田君も、同じようにボロボロになりながら、公開まで辿り着いはず。他人事とは思えない。そんな思いをして作り上げた作品が、「ブリュレ」なのである・・.

 (つづく)


nice!(0) 

後輩監督を悼んで(4)映画に込めた思い [日々報告2008]

ブリュレのポスターs.jpg

 友人の映画監督・林田堅太の映画葬。そこで彼が、次回予定した作品の話を聞いた。

 広島が舞台。原爆が落ちる日の物語で、ヒロインの女子高生の青春が一瞬で終わってしまうというもの。
 はかなく消える10代の女の子の命。それが彼の中で、ライフワークであり、繰り返し取り組まねばならないテーマとなっていたのだろう。それで僕の映画に、あそこまで感動してくれたのだ。

 その映画「ストロベリーフィールズ」。女子高生が3人も死んで、幽霊になって帰ってくる物語。でも、再び辛い思いをして、生きている者と引き裂かれて行く。そこに込めた思いがあった・・。
 
空.jpg

 可愛がっていた17歳の女優の卵がいた。わずか数年後に亡くなる。本当の話だ。世の中、間違っている。それからは生き残った僕がすべきことを考え続けた。その思い。映画「ストロベリーフィールズ」に託した。

 映画葬の夜、林田君にも同じ経験があったと聞く。その思いを映画に込めていたのだ。2人は同じ思いで、作品作りをしていたことを知った・・。

 死んで行く家族がいる。消えて行く仲間がいる。だから、その悲しみを胸に生き残った者が、その人の分もしっかり生きて行かねばならない。
 だから「ストロベリーフィールズ」のクライマックス、死神に連れて行かれるマキ(谷村美月)に、こう叫ばせた。

 「夏美。お前は死ぬなよ! 理沙や美香の分も生きるんだぞ!」

 林田君。そのシーンでも号泣したという。まさに彼自身が叫び続けていた言葉だったから。そして、それは彼自身にも向けられたメッセージであった。
 「堅太。お前は生きて映画を作れ! 映画監督になれ!」そんなふうに聴こえたに違いない。

 当時、すでに完成していた「ブリュレ」。「何としてでも公開せねば・・俺は生きて映画監督にならねば・・」そう誓ったに違いない。
 しかし、彼の砂時計。すでに残り少なく、2年少々しか残っていなかったのだ・・。

落ち葉の道.jpg

 先日。やっと映画が公開。初日は大入り満員。初日には駆けつけられなかった。が、HPを見ると、ブログを書いていた。撮影時の苦労や公開中のニュース。劇場にも毎日行っているとも書いていた。
 僕が「ストロベリーフィールズ」のときにやったこと。ブログを見て劇場に来てくれる人も多かった!とアドバイスしたのだが、ちゃんと実践していた。

 そんな彼、劇場での何度目かのトークショーのあと、仲間と飲みに行った。その夜は上機嫌で、みんなが帰ったあとも店で一人で飲み続けた。

 早朝。アパートではなく、飲み屋から近かった、編集室へ行って仮眠を取ったという。そこで彼は眠るように死んだ・・・。発見者である女性スタッフ、そう話していた。

 そのことが報道され、一時は減っていた客足が急に増えて、連日立ち見状態・・・。僕が行ったときも立つスペースさえないくらいの大入り。
 命と引き換えに大宣伝して映画をヒットさせた。でも、彼はその長蛇の列を見ることは、なかった・・。

(つづく)



nice!(0) 

後輩監督を悼んで(3)デビュー作が遺作 [日々報告2008]

 結局、林田君の「ブリュレ」を見たのは、彼の訃報を聞いてから。

 Unknown-3.jpeg

 双子の女子高生の物語だった。

 1人は難病で死が近い。もう1人は放火癖を持つ。

 2人は警察に追われ旅に出る。

 「最後に想い出の海を見たい・・」

 と、知り合ったキック・ボクサーらに助けられながら、

 その海を目指すという物語。

 僕が監督した映画「ストロベリ-フィールズ」と同じ方向の映画であり、

 共通するテーマがいくつもあった。

 だからこそ、彼は人一倍「ストロベリー」を理解し、

 感動。劇場で号泣したのかもしれない。

 「太田さんの映画に凄く励まされました。僕もがんばります!」

 と言っていた。

 その作品「ブリュレ」。仲間の応援を得て、4年ほどかけて撮影。

 製作費がなくなり何度も撮影を中断。夏が終わり、冬が来て、また夏が来る。

 そしてまた冬・・・・。

 主役の女子高生がどんどん成長して、困ったという。

 結局、何百万円も借金。2年前に完成。

 さらに2年かかって、ようやく公開。

 僕が「ストロベリ-」で経験した厳しい年月に、限りなく近い生活を送っていた。

 他人事とは思えず、応援していた!

 僕がやってうまく行ったこと。失敗したこと。彼にはいろいろと話していた。

 そんな彼の映画、やっと公開されたのに・・・。

 その作品が遺作となり・・・・32歳で人生を終えるなんて・・・。

(つづく)


nice!(0) 
前の10件 | - 日々報告2008 ブログトップ